2018年4月7日土曜日

出産レポート2~産後の悲劇~

(注:痛々しい(生々しくもある)内容です、長い)

その後分娩室で胎盤を出したり、会陰切開の縫合したりの処置が行われた。
院長に「安産ってことになりますか?」とか「私がいきんだ効果はあったんでしょうか・・・」など話しながら(効果あった(半信半疑・・・)、安産、と言ってくれた)。

処置後もしばらくは分娩室で過ごすとのことで、夫と母が娘を抱っこして傍に来て話していたら、急にお尻の穴が外に飛び出そうな感覚と痛みが襲ってきた。
陣痛のように波があるわけではなくずっと痛みが続く。
後陣痛ってこんなに痛いの!?と「痛いー!痛いー!!」と叫び続ける。
夫と実母は私が痛がりなのを知っているので、「お母さん(私のこと)は大げさだねー!放っておこうね~」と産まれた我が子に話しかけている。

私の痛がり様に助産師さんがお尻を見てくれたが何もなってませんよ?と。
私が叫び続けるので、院長を呼んできてくれた。
院長は私の症状を見て、状況がわかったらしく、夫と母は外に出され、また足を開かされ固定される。
院長が何かすると生暖かい血がぴゅーっと出たのを感じた。

後から院長に説明を受けたが、私がなったのは膣壁血腫というものだった。
膣の壁の外側(つまり身体側)の血管が分娩時に切れて内出血したのだ。
なので膣の壁を切開し、止血処理を施したとのこと。
静脈が切れると徐々に症状が表れるらしいが、静脈のほか1本動脈が切れていたのですぐに症状が表れたとのこと。

出血してる箇所を院長が止血処理をするのだが(患部をぎゅーっと押さえ続ける)、これがまた激痛で、「痛い」ではなく「ギャーーーーー!!!!」「アーーーーー!!!」とかずっと叫んでいた。
自分の血圧が普段上が100くらいなのが180を超えるのを見た。
あまりに痛いので、気絶したかったが気絶できなかった・・・(吐きそうにはなった)。
切開した箇所を縫い、さらに150cmの長さのガーゼを詰め込まれた。
この処置のとき、なぜ麻酔をしてくれなかったのだろう・・・(別の方のブログで同じく無痛の方が麻酔されなかったそうなので、無痛だったから?)。

処置が終わったあと夫が呼ばれ、共に膣壁血腫の説明を受け、止血処理したがこのまま動脈の血が止まらなかった場合、大病院へ搬送、また今後の貧血の数値では輸血と言われる。
幸いにも術後すぐは普段12くらいの鉄の値が8くらいで、それが6まで行くと即輸血だったと。
貧血は徐々に症状が出るので、様子を見ましょう、と。
処置のあまりの痛さにショックで涙を流しながら茫然と天井を見ているしかなかった・・・。
本当は病室へ移動するはずだったが、このまま分娩室で一晩過ごすことになり、出産当日は家族は帰宅だが、どうなるかわからないので特別に夫は泊まっていいことに。

とにかくショックすぎてずっと涙を流していた。
産まれた赤ちゃんのことも今は考えられない・・・という感じだった。
硬い分娩台の上、それに点滴もされたまま、傷口も痛いことから寝返りもままならず、あまり眠れなかった。

翌日ガーゼが抜き取られ、エコーで血腫もない(出血が止まった)ことを確認。
起き上がってふらふらしないことを確認し、やっと車いすで病室に移された。
鉄分の点滴と、採血が毎日行われた。

病院は本来4泊5日の設定だったが、貧血がもう少しのところでよくならなかったため、1日延びて、2/8に退院となった。

とにかくこの膣壁血腫がショックすぎて、入院中は毎晩一人になると泣いていた。
痛みのショックもあるけれど、私が痛がっているときに実母が「大げさだね~」と言った言葉や(もちろんそのときは血腫だと知らなかった訳だけれど)、血腫術後に「まあ普通分娩はそれくらい痛いから」という言葉(これも悪気はなくて今思えば励まし?)、術中に院長の「いつまでも叫んでいると処置に時間かかってしまいますよ」というのがひどく傷ついてしまい・・・。

今回ブログに書こうと思ったのは、膣壁血腫の記事やなった方のブログに励まされたこと。

・産後一番痛いトラブルと言われている
・陣痛より痛かった
・痛みで気を失った
・出血が多く輸血した
・全身麻酔で処置に約10時間かかった(私のように止血処理で終わらず重症化した方)

などなど・・・励まされたというか、痛がりの私が大げさなのだろうか?という気持ちが、払拭されたこと。

よくあるトラブルというわけではなさそうだったので(読んだ医療記事を書いた病院では分娩9000例中47例(0.5%)とのこと)、少しでも経験談として残しておこうと思った。
原因は分娩が急速に進むことにより起こるらしい(一気に吸引したからかな)。

退院後も2~3週間はふさぎ込んだ気持ちでいて、我が子のお世話もとにかく死なさないようにしないとという感じで、まったくもって余裕がなかった。
今思うと当たり前だけれど、みんな産まれた赤ちゃんのことばかりで、満身創痍の私のことは労わってくれないんだ!という落ち込んだ気持ちになったり。
でも身体が徐々に復活してくると落ち込んだ気持ちも徐々に元気になってきたので、よかったと思う。

以上、膣壁血腫レポートでした。

2018年4月1日日曜日

出産レポート1

かなりブログはご無沙汰でしたが、
2018年2月3日(土)、2904g、50cmの女の子を出産しました。
無痛分娩からの吸引での出産でした。

気が付けば間もなく2か月、自分の備忘録として出産レポートを残します(長い)。


  • 正産期まで

 予定日は1月30日だったが、都内から神奈川への引越の無理がたったのか、11月に切迫早産傾向と言われ、3週間ほど会社を休み自宅安静していた。
 その後時短で仕事復帰するも12月下旬の産休入る数日前にお腹張ってると言われ、そのまま産休に突入し、実家で過ごすことに。
 しかし35Wに入った年末は、これからは逆にお腹張らせるために動いてと言われた。でも年末年始は何かあったら怖かったので比較的じっとしていた。
 早産傾向と言われていたから早く産まれるかもと思っていたけれど、実母が絶対予定日前後になると自信満々に言うのと(結局その通りになった)、実家にずっといてもストレスがたまるため、週末は自宅へ帰って夫と過ごしていた。


  • 37W(1/9(火)~1/15(月))

なんとか正産期を迎える。
診察では赤ちゃんの体重が2500gを超え、ひと安心。
すぐにということはなさそう、引き続き運動するように言われる。


  • 38W(1/16(火)~1/22(月))

日をわけて自宅近所の認可保育園など5件の見学へ行く。
お腹があまり大きくならなかったため、1月末に産まれる予定というと驚かれる。


  • 39W(1/23(火)~1/29(月))

これまでお産が来るのが怖い気がしていたけど、そろそろ来ないとやばいような気になり、毎日のように最寄駅近くや隣駅まで行ってウインドーショッピングで歩き回る。

1/27(土)の診察では子宮口がまだ開いていないとのことで、次回予約2/3(土)(までに産まれていなかったら)の診察で骨盤狭くないかのレントゲンを撮り、41Wで計画入院を考えるということ。


  • 40W(1/30(火)~)

なんの兆候もないまま予定日1/30(火)を迎えてしまった。
この日は結局隣駅まで行って散歩し1万歩近く歩いた。

予定日過ぎると朝から連日眠気がすごく、もう出かけずだらだら過ごす。母にお産が近いのではと言われる(これもビンゴ)。

2/1(木) おしるしらしきあり。

2/2(金) 明け方からちょくちょくお腹が痛むが間も開くし不規則で、うとうともできるくらいなので、明日の診察まで持つかも?と考える。

16:00頃 ちょうど夫が早く仕事を上がり、自宅で過ごすため車で実家に迎えに来てくれる。このころから間隔はバラバラながら頻繁にお腹痛くなってくる。

17:00過ぎ 間隔が10分を切って7分や8分になったりするので、産院にTEL。
しかし先週の診察で子宮口が開いていなかったことから、今来てもらっても子宮口ある程度開くまで無痛分娩の処置できないので、もう少し様子を見るよう言われる。
仕方ないので痛みの合間に軽食を食べる(無痛分娩は処置前も分娩中も水分のみしか摂れないため)。

21:30頃 6分台~9分台を繰り返すので再度産院にTEL。陣痛アプリに囚われずにもう少し耐えるように言われる。まじか・・・案内には10分切ったらTELと書いてあるのに!仕方なく風呂につかる。

23:30過ぎ 産院にこんなんで来たのかと笑われたら嫌なので、痛みに弱い私だが結構耐えた。もうアプリでカウントはしていなかったが、かなり痛いのと、夫が産院へ連絡したほうがいいということで、3度目のTEL。
5分台~6分台の間隔でもう結構痛いと伝えると、やっと来てくださいと言ってもらえた!

2/3(土)
0:00過ぎ 夫の車で産院へ向かう

0:30頃 産院着。助産師さんに支えられ、途中でうずくまりながらも分娩室へ向かい着替える。子宮口チェック、7cm開いていてほめてもらえた!耐えてよかった。

1:00~1:30 無痛分娩の処置。下半身の感覚がぼんやりする。うまくいけば翌朝、あるいは昼くらいには産まれるかなと助産師さん。でも出産のときは麻酔切っていきんでもらうので痛いです、と・・・ガクブル。

5:00頃 微弱陣痛になってしまった。朝先生が到着するまでゆっくり行きましょう、とうとうとする。立ち合いの夫も私の病室でひと休み。

10:00 先生がいらして促進剤投与。すぐに痛みが戻ってきた。無痛でも痛い~痛い~と涙ぐむ痛み。

何時ごろかわからないけど破水、いきんでみようと言われ、何度かトライするがなかなか降りてこない。

14:30前? 院長登場、吸引の器具を入れられ、副院長にお腹を押される。

14:31 娘誕生!すぐに泣いてくれた。夫「俺感動したわ」と涙。分娩室の外にいた母も涙していたらしい。私はあれよあれよでよくわからなかったが、もう終わったんだ、という安堵の気持ち。ひとまず赤子は分娩室の外へ。ちょっと触らせてもらい、「えらかったね」と声をかける。私は後の処置へ。

ということで、無事娘を出産することができました。めでたしめでたし!で終わりません。続く・・・(長くてここまで読んでくれた人、ありがとう、すみません)。

義父が描いてくれた娘、そっくり